馬にもなれぬ、人の









 何やらそわそわと落ち着かない友人の姿を発見した比古は、眉根を寄せて大いに首を傾けた。

「……昌浩?」
「あ、比古!」
 ぱっと昌浩が振り返る。
 比古はさらに変な顔になった。じっくりと、友人を見る。
 いつもはそんなにきっちり締めていない筈のネクタイは綺麗と形容するに相応しい風情で、かつノリがきいている。ブレザーの奥の白シャツもボタンひとつ外れていない。おかしい。というか怪しい。
 それにくわえてこの挙動不審さ。
「昌浩、なんかあるのか?」
「えっ——な、何がっ?」
「不審」 
 ぼそっと一刀両断する。と、昌浩は漸く少しばかり正気に戻ったのか、ひくっと頬を引きつらせた。そうしてすすすっと寄ってくる。比古はちょっと嫌な顔をした。仰け反る。
「なん、」
「お、俺、変?」
「変だ」
「……そんなはっきり言わなくても。えー? うー、どうしよう」
「……どうしたんだ本当」 
 頭を抱える昌浩に呆れながら問いかける。が、彼はなんとなく分かった。この友人がこんな風に間抜けに悩むのは、大抵あの少女のことなのだ。
「や、彰子がさ」
 ほら。
 比古はぱっと身を翻した。面倒くさい。馬に蹴られる趣味はない、とばかりにさっさと昌浩から離れかけ——ぐいっと裾を掴まれた。ちっ、と舌打ちする。
「放せ」
「待て待て待て! 何で去っていくんだよ」
「大した悩みじゃないと分かったからだ」
「そんなことない!」
「じゃあ言ってみろ!」
「うっ、——あ、彰子が。今日、その、放課後に、待ち合わせって。念を押すように言ってて」
「……ああ」
「いつも一緒に帰ってるのに、おかしいなって、思ったんだけど」 
「……」
「で、敏次先輩に、言われて気付いたんだけど」
「…………」
「今日バレンタイン、なんだよな」
「言われた時点で気づけよ!」
 背中がぞわぞわするほどの甘酸っぱさである。比古は本当に逃げたくなった。
「うわ、ちょっと待てよ! もしかしたら、そのー、期待外れかもしれないじゃん!」
「それならそれで落ち込めばいいだろ! 大体毎年貰ってるんじゃなかったのか?」
「や、その、それはそうなんだけど。今年は、えーと」
 もごもごと歯切れの悪い様子に軽く苛々する。が、ふと気付いたことに、彼は意地悪く笑った。
「ああ、付き合って初めてのバレンタインだったか」
「————う」
昌浩の顔が真っ赤に染まる。
 こそばゆいくらい初々しい反応だ。
「じゃあ、期待はずれってことはないだろう。良かったな、昌浩」

 比古の言葉通り、昌浩が彰子から可愛らしいチョコレートを貰うのは、もうあと数時間後のことだった。









もうすきにやってればいいよ! みたいな。笑。
ういういめおとな昌彰だいすきです。しかしこの比古ほんと誰……おもかげもないのよ……orz