これのおまけです。
くにとし、と熾火のようにやわらかな声が聞こえた。 縁側で寝っ転がって惰眠をむさぼっていた愛染はそれで自然と起き上がり、声がした方を振り向いた。季節はすでに夏で、風鈴がちりん、と涼やかな音を立てる。夏の木陰に浮き上がるその姿を見て、愛染はゆるゆると目を見開いていった。 「……ほたる?」 「久しぶり、国俊。国行はまだきてないんだってね。どこで油売ってるんだか」 懐かしい兄弟が、懐かしい声で笑う。刀から人の見目になっても、その雰囲気は変わらない。愛染はいちど、唾を飲んだ。喉が震える。優しい痛みが熱に変わり、それは胸の深いところまで広がっていった。 愛染国俊はくしゃりと笑い、蛍丸の首に勢いよく片腕をひっかけた。 「ばか、そもそもお前だって遅いんだよ!」 前田藤四郎はふと顔をあげた。 「なんだか、今日は騒がしいですね。何かあったのでしょうか」 兄にいれたてのお茶を差し出して呟くと、ああ、と彼は笑顔になった。 「どうやら、新しい仲間がきたみたいだよ。それも、ずっと待たれていたひとがね」 どきりとした。心臓、というものが素早く動き出す。まさか、それは。兄がひとくち湯呑みに口をつけてから、その名を言う。 「蛍丸どのだ」 やはり。 予想していたというのに、前田は息を呑んだ。蛍丸、愛染国俊の兄弟。それが、やっと。 「いやはや、本当に長くかかったからね。愛染どのも待ち疲れていたことだろうね」 「……そ、それは、いち兄のおっしゃることではない気がしますが」 そういえばこの兄も、のんきに放浪なぞしていたのだ。「おや、これは弱ったね」などとこれまたどこ吹く風で言う。 「そうだぞ、おまえがこないせいで藤四郎たちがぴりぴりしていた。まあそれはともかく前田、俺にも茶だ」 「あ、すみません」 鶯丸に促され、あわてて急須を傾ける。彼と兄のふたりは、よくこうして集まり、いつも出払ってばかりの鶴丸を待っている。戦いに出ると険しいが、普段は穏やかで気ままなふたりだ。常なら平野が世話を焼いているのだが、ちょうど出ていたため、前田が代わりをしていたところだった。 「まあいいでしょう、結果的にはちゃんと会えたのだし」 「それはまあ、そうですが……」 「待たされている方は気が気じゃないぞ」 珍しくまともなことを言う鶯丸も、兄弟を待っている。 みな、家族に餓えているのだ。程度がどうであれ。 (私たちも、家族であると、いうのに) ままごとめいたものでは、あるけれど。 けれど、そう思う自分だとて、兄弟たちに並々ならぬ執心を抱いている。主のために果てることは本望だが、もう一度仲間たちが散るのは恐ろしい。おかしな話だ、刀とは然様なものであるはずなのに。 「前田」 は、と我に返る。兄の声は、不思議と穏やかに耳に通る。彼はその声音通りの優しい笑みを浮かべていた。 「めでたいことだね」 ごく当然の言葉だった。鶯丸が、茶をすすりながら頷く。 前田藤四郎は息を止め、いちど友が寝ているだろう部屋の方角を振り仰いだ。そして、そっと唇に笑みを刷く。 「はい、とても」 再会を果たすふたりを夢想する。それはとても幸せな光景で、だから前田は、いつか遠く淋しい執心を見せた愛染の横顔を思い出し、心から安堵した。 前田藤四郎は今日も祈る。 この幸福が、どうか末永く続くこと。 蛍丸きました!!!びっくり!!! (以前某ぷらいべったーで書き散らかしたやつです) |