「まーごーっ!」 「のわあああああっ」 ひょい、と物の怪が避けた丁度隣、真上からずどどどっと降ってきた妖達に潰された昌浩を、神将達は慣れた様子で見守っていた。 「いつ見ても、見事な潰されっぷり」 うんうん、と物の怪。騒ぐ妖を乗っけたまま、昌浩はがばりと起き上がった。 「もっくんっ! いつもいつもいーっつも避けるなよ!」 「何を言う。こーんなに可愛い俺が潰されるのを見て、お前は良心が痛まんのか」 「それは俺の台詞だっ!」 この言い合いもいつも通り。 六合もいつも通り無言でそれを見守る。 「 お前らもっ、孫って言うなって言ってるだろっ」 「まーごはまーごだもんなー」 「なー」 「孫はいつまでたっても孫だしなぁ」 「孫だなぁ」 「孫だろー」 「な」 「まーごーっ」 最後で大合唱である。 昌浩はふるふると拳を震わせた。ああ、なんだっていつもこうなんだ。夜に都に繰り出せば、あちらからでもこちらからでも降ってくる。それも、毎回毎回孫、孫とこの妖どもは———— 「……孫って、」 「お?」 「言うな——————————ッッ!!」 天一曰く。 最近彰子が藤の袿を抱えてはため息をついているらしい。 (それは、藤原の家が恋しい、ってことなのかなぁ……) そう心配になりながらも、昌浩はいつものように夜警に出ていた。 星明かりに空を見上げる。残念なことに作歴も式占も、それこそ星見の才も芳しくない彼は、それでも一応目を凝らしてみる。 「……うーん」 「……しっかりしてくれよ、清明の孫」 唸る昌浩の胸の裡を察したらしい物の怪がぼそりと呟く。孫って言うな、と昌浩は苦い顔で呻いた。その後ろを六合が無表情に続く。無表情だが、その目は面白そうに深い色を宿している。 「……一体昌浩は何を思い悩んでいるのだ」 気難し気な声に六合は振り向いた。同時に昌浩が、玄武、と彼の名を呼ぶ。うむ、と幼い子供の風情の神将は顎を引いた。 「どうしたの、珍しいねぇ」 「姫から預かりものをした」 「……彰子から?」 珍しい。 これには物の怪と六合も眼をしばたたいた。 わざわざ玄武を使わすとは、よっぽどの用事なのだろうか。 訝しむ三者の視線に答えるように、玄武は淡々と薄桃の包みを持ち上げた。 「桃と干し杏だそうだ」 昌浩はもう一度、ぱちぱちと瞬いた。そうして零すように笑う。ああ、敵わないなぁ。もう夜も更け、寝ていてほしいと思うのに、その心を嬉しいとも思う。彼女が待っていてくれることが、幸福で堪らなくて。 「ありがとう」 「それは姫に言うものだ」 「でも、玄武が届けてくれたからね。……そういえば一人で来たの?」 「ああ。……今、太陰が白虎に叱られていてな」 「え、——あ、ああ……そっか」 白虎の説教。されている訳でもないのに昌浩は頬を引きつらせた。絶対に受けたくないものだ。 「それで、昌浩は何を思い悩んでいるのだ」 再びの問いに、ああと頷く。彰子がねぇ、と心配事を口にすると、玄武は渋い顔になった。言わずとも、物の怪達もである。 「それは……」 幼い顔を精一杯に悩ませらる。どうしたものか、という声が聞こえるようだ。彼らも皆彼女を大切に思っているから、その気鬱を思うと昌浩同様思い悩んでしまうのだろう。——どうすれば、彼女が元気に微笑ってくれるだろうかと。 「お姫元気ないのかー?」 「かー?」 「うわっ」 再びぼととっと降って来た雑鬼たちをぎょっと避ける。そういえばこの妖達も彰子に懐いていたんだったなぁ、と遠い眼になった。 「ああ、多分な……、——あ」 ふ、と目に入ったのは、夜闇に灯るような、淡い紫の花。 「……」 「……何の花だ?」 「うーん、分からない、けど」 柔らかい色。そっと、美しく、咲く。きれいな。 昌浩はとっくりとそれを眺めてから、おもむろにしゃがみ込んだ。 屋敷に戻ると、矢張り彰子は起きていた。 「お帰り、昌浩」 嬉しそうに笑う彼女の顔に頬を緩ませつつも、昌浩は眉尻を落とした。 「ただいま、彰子。寝なきゃ駄目だよ、もう遅いんだから」 「うん……大丈夫よ」 ふふ、とくすぐったそうに笑う。物の怪はそろりと二人の傍から離れた。部屋の外に出る。そんなことには気付かず、昌浩は数秒あわあわと眼を泳がせてから、懐に手を突っ込んだ。 「あ、あのさ、彰子」 「なぁに?」 「これ、途中で見つけた、んだけど。良かったら、その」 薄紫の花。心の中で謝りながら手折って、潰さないよう大事に持って帰った。それをどもりながら彰子に手渡す。彰子は緩慢に瞬いた。 「……もらって、いいの?」 思いのほか、喜色の窺える声に、昌浩は勢い込んで頷く。 「もっ、もちろん! ——彰子に、似合うかな、って。思ったから」 藤の如き色を宿した、可憐な花。名も知れぬその小さな花は、あまり大層なものではなかったけれど。 彰子はきゅ、と両手に大事に包み込み、頬を染めて嬉し気に微笑んだ。 「……ありがとう、昌浩」 「っ、俺も、干し杏と桃を、ありがとう」 かあぁっと赤くなった昌浩は、けれどはにかむように笑った。 たいせつなひとが、少しでも明るくなったのが、嬉しくて。 その後、彰子がため息をついていたのは、藤の色に対してではなく、昌浩が怪我ばかりして狩衣をぼろぼろにことにだと知り、彼が大いに反省するのは、また別の話。 これ、彰子が沈鬱な顔をしていたのは後々の色々(妖異の呪いとかの、ほら、心の傷というまさに伊勢編に続くあれ!)に繋がる悩みにしようかなー、と思ってたのですが、いや待て暗いだろうそれはと思い直してこっちにしました。折角久しぶりにほのぼのなのに!← シリアスだと、こう。 けれど彼は後々思い知ることになる。 彼女が憂えたその胸の裡を。 こんな感じになります。暗い! |