今日も明日もいていて


 皆で打ち上げをしよう、と北斗くんが言った。
 ショコラフェスが終わったあとの夕方から夜まで、練習室を借りたらしい。たぶん、言い出したのはスバルくんだと思うけれど、真面目な北斗くんが、打ち上げのために神聖な練習室を借りて、その上その連絡を買って出るなんて、これはいったいどういう風の吹き回しだろう、とわたしは驚いてしまった。
 ともかく、そういうわけで、わたしは今、伝えられた通りの部屋へ向かっている。プロデューサーとして参加したわたしには、こまごまとした仕事が残っていたから、みんなよりも遅い撤収となっていた。副会長と椚先生に幾つかの報告をしたあと、会場の片付けの最終チェックをして、それでようやく終わり。時間を確認すれば随分遅く、つまり、みんなをたくさん待たせていることに気づいたわたしは大いに慌てふためき、こうして廊下を走っているわけなのだった。それにしても、今までのドリフェスでは、みんなも長いこと片付けに手間取ったりしていたのに、いつの間にこんなに手早く作業できるようになったのだろう。なんだか自分だけ成長していないように感じられて、少し反省する。そんなことを考えている間に部屋につき、わたしはひとつ、息をついてからノックをした。はーい、という真くんの声、が、聞こえた瞬間にドアが開かれる。
「やあっときたー! おつかれっ、我らのプロデューサー!」
 明るくおっきな、弾んだ声と一緒に、思いっきり抱きつかれる。誰か、なんて考えるまでもない、それはスバルくんだった。機嫌よさそうに笑う声が耳をくすぐり、わたしは目をぱちくりさせてから、つられるように笑った。遅れたことを謝ると、中から出てきた真緒くんが苦笑とともに首を振る。
「気にすんな、まだ片付けしてたんだろ? 一緒にやれなくて悪かったなー」
「明星、そろそろ離れろ。あんずが窒息しそうになっているぞ」
 続いてやってきた北斗くんが、ぐいっとスバルくんの首をつかんで引き剥がした。まさに猫の子にするような仕草だったけれど、スバルくんは少しも機嫌を損ねず、あっ、ごめんごめん! とわたしに謝った。
 そして最後に、真くんがひょいっと顔を覗かせる。
「おーい、みんなみんなっ、何してるの。はやく入って〜!」
 焦れたような言い方に、わたしたちは顔を見合わせ、それから揃って笑顔になった。スバルくんを筆頭に、自分たちらしい返事をして中に入れば、やっと落ち着いた気分になる。そう、今回も無事に、みんなで楽しくお祭り騒ぎを終えられた。これってとっても、すごいことだ。
 室内はすでに飾りつけをされていて――豪華だ! これはもしかして、ショコラフェスに使った飾りをもらったんだろうか? ――、疲れも忘れてわたしはわくわくしてしまう。みんな、すごい。あんなに歌って踊って体力使い切ったあとに、こんな用意までできるなんて。感動してから、はたと気づく。わたし、何も用意していない。打ち上げのことを言われたのが、フェスが終わってすぐのことだったからもあるけれど、それにしたって、何かお菓子のひとつやふたつ、買ってくればよかったのに。そういうことを、わたしが申し訳ない気分で謝ると、四人はきょとんとしてからまた笑った。
「気にしないでくれ。突然言い出したのは俺たちの方だ。それに――今回ばかりは、その方が都合がいい」
 すぐ笑みを引っ込めた北斗くんが生真面目に言う。それって、どういうことだろう。わたしが首をかしげると、真緒くんがにっと笑い、片手を流して背後を示す。そこでは真くんとスバルくんが、何やら白い箱を持って目を輝かせて立っていた。まるで、ステージで歌って踊って飛び跳ねているときのふたりみたい。四人は一度、視線を交わし合うと、わたしに向かって声を揃えてこう言った。
「ハッピー・バレンタイーン!」
 じゃーんっ、と心底楽しそうに合図を告げた真くんが、白い箱の蓋を取り去った。驚くわたしの前に現れたのは、白いホイップが不器用に飾り、艶やかなチョコレートでコーティングされた、まんまるのホールケーキ――
「へっへ〜! これが、俺たちからのバレンタインだよっ☆」
 びっくりした? とスバルくんが輝く瞳でわたしを覗き込んでくる。わたしは声もなく、ただ頷く。心臓がひっきりなしに跳ねている。それからじわじわと理解が追いついてきて、胸の奥まで大きな喜びが広がった。
「ガトーショコラだ。せっかくだから大物を作ろうと明星が言うのでな、鳴上に教わったんだ」
「いや〜、あんずに気づかれないように教わるの、たいへんだったんだぞ〜? ま、こうして驚いてもらえて嬉しいけどな〜」
「休憩時間に、こっそり道具を借りにいったりねっ! うっかり天満くんといるところを見かけたときは、心臓止まりそうになったけど」
 次々にかけられる言葉には、優しさがいっぱい詰まっていた。ぜんぜん気づかなかった、とわたしはおぼつかない口調でつぶやいた。嬉しくて喉が詰まる。お礼を言いたいのに、うまく言葉にならない。はくはくと口を動かすばかりのわたしに、真緒くんが優しい笑みを浮かべた。
「あんず、ありがとう」
 え? とわたしは目を丸くする。どうして、真緒くんが言うのだろう? それはわたしの台詞なのに。
「あのね、あんずちゃん。僕たち本当に、あんずちゃんに感謝してる。あんずちゃんがいつも、僕らの背中を守って、助けて、そして一緒に戦ってくれていること、この一年、ずーっと嬉しかったんだよ」
 真くんが言う。少し照れたようにはにかんで、でも、しっかりとわたしの目を見て。
「おまえがくる前、俺たちがこんな風に多くのドリフェスを、今日のショコラフェスを楽しめるようになる未来など、かけらも見えていなかった。今日、俺たちがこうして観客の前で堂々と、心から楽しんで歌えたのは、あんず、おまえのおかげだ」
 ありがとう。北斗くんが、真摯な声でつぶやいた。その双眸には、もう春のような悲しみも怒りも見えなかった。
 茫然とするわたしの手を、スバルくんがぎゅっと握る。夜空を照らす恒星みたいな笑顔を浮かべ、彼は言う。
「ありがとうっ、あんず! 本当に本当に、感謝してるっ! あんずはもう、俺たちだけのプロデューサーじゃない。でも、俺たちが輝けるのは、ぜんぶあんずがいるからだ。だから、ね! これからもずっと、ずーっと、あんずは――俺たちの、勝利の女神だよっ☆」
 あんずっ、大好きだ! スバルくんがそう言った瞬間、もう我慢できなくなって、わたしの涙腺は見事に決壊した。そして勢いのまま、目の前にいるスバルくんと真くんの首にかじりつく。
「わーっ!? ああああああんずちゃん!? なにっ、どうしたのっ、新手の復讐!?」
「あれっ。あれあれっ!? あんず、泣いてる!? なんでなんでっ」
 うろたえるふたりをさらにきつく抱きしめながら、わたしはひぐっ、えぐっと涙声を出す。ぐちゃぐちゃになった言葉で、なんどもありがとうを繰り返す。真緒くんが苦笑し、しゃがんだ気配がする。直後、ぽんとあたたかいてのひらがわたしの頭を優しく叩いた。
「ははっ、復讐はないだろー。喜んでくれたんだよな、あんず?」
「そうなのか? 不快に思ったわけでは……」
 少し不安そうな北斗くんの声を聞いて、ぶんぶんとかぶりを振る。そしてやっと、わたしはスバルくんたちから身を離した。
 わたしは確かに、今ではたくさんのユニットに関わるようになったと思う。でも、そんなわたしのはじまりは――右も左もわからないわたしを引っ張ってくれたのは、このひとたちだ。みんなはわたしのおかげと言うけれど、それこそぜんぶ、わたしの言葉。
 わたしは、みんながいたから、ここまでこれた。
 しゃくりあげながら、名前を呼ぶ。真緒くん。真くん。北斗くん。スバルくん。ねえ、わたしこそ。

「う、ううううっ……ありっ、ありがとう! だいすき!」

 大好きだよ、わたしのトリックスター。いつだってわたしを驚かせる、地上に唯一の輝く綺羅星。
 これからも、どうか輝き続けて。
 わたしはずっと、見ているから。






「あんスタ転校生受版深夜の真剣一本勝負 お題『バレンタイン』」に某所で投げたものです。ショコラフェスネタ。